海堂尊 年表

1961 年 」から「 2011 7 8 日 」までの 38 歴史 を掲載しています。

1960年代 生まれ1961年 生まれ カテゴリー 第 1 位 / 閲覧数 246

2011

ミステリー小説「チーム・バチスタの栄光」などの著者で医師の海堂尊さんに、ブログで名誉を傷つけられたとして、深山正久東大大学院教授が330万円の損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(竹内行夫裁判長)は8日付で海堂さん側の上告を棄却する決定をした。海堂さんに60万円の賠償を命じた二審判決が確定した。一審東京地裁は賠償額を110万円としたが、二審東京高裁は一部の記述について名誉毀損(きそん)を認めず、減額していた

4時31分、NHKニュースで、「死亡時画像診断 実施へ報告書」が報じられる。内容→CTなどで遺体を撮影し、その画像を分析して死因を調べる「死亡時画像診断」について厚生労働省の検討会は、児童虐待などを見逃さないよう、死亡原因が分からない子どもの場合には原則としてすべてのケースで画像診断を行うべきだとする報告書をまとめました。死亡時画像診断は、遺体の内部をCTなどで撮影し、その画像を分析して死因を調べる方法で、遺体を傷つける解剖に同意しない遺族の希望などによってここ数年、各地の医療機関で普及しています。厚生労働省は、死亡時画像診断をさらに活用するため専門家による検討会を設置し、実施する際の要件や課題について議論を進め、30日報告書をまとめました。それによりますと、画像の撮影は原則として放射線技師が行うことや、画像から死因を診断するのは一定の研修を受けた専門の医師が行うことが望ましいとしています。また、実施するには遺族の了承が必要だとしたうえで、児童虐待などを見逃さないように、死亡原因が分からない子どもの場合には原則としてすべてのケースで画像診断を行うべきだとしています。また、全国各地に24時間体制で死亡時画像診断を受け付ける窓口を設置することも提言しています。厚生労働省は「医療現場での活用によって死亡時画像診断の精度を向上させてほしい」と話しています。

2005

平成17年度の厚生労働省補助金事業として「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」(以下、モデル事業)が開始された。モデル事業は、日本内科学会が運営の主体となり、共同声明の19学会、内科、外科のsubspecialty18学会、日本歯科医学会の38学会の支援の元に開始され、平成17年9月から平成22年2月までの間に105例の事例を受付け、診療行為に関連した死亡の調査分析のあり方について様々な観点から検討を行った。この事業にはAiに関係していた病理学会理事も参加していたため、海堂はAiを導入した方がよいと提言を行なったが完全に黙殺された、とされる

病理学会に提案したAiのシンポジウム企画が、「病理学会員の発表者比率が少ない」という理由で却下される。閉鎖的過ぎる理由に、Ai導入運動は、アカデミズムの世界ではもうダメだと見切りをつける。だが、この企画は、結果を聞いた群馬大病理の教授が仲立ちしてくれ、少々の手直しですっぽり、放射線学会のシンポジウムとして蘇生した

タイトルとペンネームを決定。タイトルは、暫定タイトルから一歩も外に出なかった。ペンネームは20くらい考えたが、最後にはわけがわからなくなって、ひょいと決めた。だから、ペンネームの本当の理由は、「何となくいきあたりばったり」である。なお、ペンネームの由来には、本人も知らない説がいくつかある。→ヤマトタケルからとった「怪童タケル」という話。マンガ『がんばれ元気』に出てきた登場人物由来説(海道卓と火山尊のミックス)

4月14日から4月16日にかけ、横浜で開催された第94回日本病理学会総会にて、Aiの発表が三つ重なる。シンポジウムとワークショップ、講演の揃い踏み。「オートプシー・イメージング・フィールド(Aiフィールド)の構築.ー画像病理融合によるピットフォール回避」、「新しい死亡時医学検索の確立ー剖検とAutopsy imaging(Ai)によるDouble audit system」、「オートプシー・イメージング・オーガン(臓器Ai=Ai-O )の基本的展開」

Aiに関する医学専門書「100万人のオートプシー・イメージング(Ai)入門」を、刊行

シリアDamascusで3/29-30に開催された、死亡時画像に関する法医学分野の国際シンポジウム「第一回法医放射線医学の進歩に関する国際シンポジウム」に参加。また、オプショナルツアーで訪れた、シリアの片田舎にある古城が、後の『螺鈿迷宮』での碧翠院桜宮病院のフォルムの原型になる

『チーム・バチスタの崩壊』初稿完成(ここに至るまで、一度、途中で詰まったが、すぐに解決策を思いついた)。これを本にしてもらたい、と色々調べた結果、『このミステリーがすごい!』大賞へと応募することを決意。学会発表準備に集中する必要があったため、推敲はゴールデンウイークから入ることとし、とりあえずプリントアウトした初稿は、気が散らないよう、ガムテープでぐるぐる巻きに封印した

廉価版Ai専門医学書「100万人のオートプシー・イメージング(Ai)入門」執筆を終えた瞬間、「これでは売れない」と実感し、仕方なくこの戦略を諦める。その時ふと、以前、ミステリー仕掛けなら売れるかもしれない、とちらりと考えたことを思い出す。そのうちにトリックが浮かんだため、書き始めてみたら、医学書を仕上げた余勢もあって、一気に200枚を書き上げることができた。これが、『チーム・バチスタの崩壊』第一部である

2004

オーストラリアの国際病理学会で「解剖の未来」というシンポジウムでAiについて発表を行なう。これは、当時一面識もなかった横浜市立大学の先生が、自分が受けたオファーを回してくれたもの

Aiに関する医学専門書「オートプシー・イメージング―画像解剖」を、共著にて刊行

2003

日本医科大学内、病理学資料室にて開催された「第0回 Ai学会設立総会」に於いて、数例の施行例を踏まえて「オートプシー・イメージングの概念とその実際」を紹介

医療系雑誌にて、連載「治療効果判定病理学」を開始。また、Aiについての世界初の英語論文がアクセプトされる。八月Ai学会設立。経緯←筑波メディカルセンター病院でAiと類似検査概念であるPMCT(検死CT)を実施していることを知り、責任者へ会いに行ったことがきっかけ。両者はその場でAi学会設立に同意した、とされる

2002

十二月、病理学会地方大会でAiについての演題発表。反響があり、その時知り合った群馬大教授(当時)の紹介で、翌年三月の病理学会総会で追加発言の機会をもらう。Aiについての世界初の日本語論文がアクセプトされる

2000

Ai実施のため、院内コンセンサスを取ることに奔走。三月、Aiの第一例目を施行。その後、症例を重ねていく。業務も解剖が多く、多忙だった。一日三例の解剖とAiを行なった日もあった

1999

病院で開催された「慰霊祭」供養の席で、読経を聞いていた時、オートプシー・イメージング(Ai)を思いつく

1998

病理認定医試験に合格。第二子が生まれる

1997

英語の原著論文を一本仕上げ、博士号を取得。外科医から病理医へ転身(新病院完成直後の四月に、初代病理医として赴任⇒現職)

1996

研究で成果が出たため、外科に戻る選択肢を放棄する。第一子が誕生

1995

結婚

1993

千葉大学第一病理学教室に大学院生として入学

1992

海岸沿いの国保の病院で、外科医として勤務(この頃、週一回、東京ディズニーランド医務室でアルバイトも行なっていた)。その後、国立の病院で麻酔医として勤務

1991

千葉の病院で、外科医として勤務

1990

都立の病院で、外科医として勤務

1989

医局のシステムで二年目から地方の関連病院へ派遣される。外部研修一年目は、長野にある病院で、外科医として勤務。また、この年、車をスカイラインへ買い換える

1988

医師国家試験合格。正式な医師になってからの初仕事は、死亡診断書の記載だった

1987

医学部剣道部(部員五十人弱)の主将になる。父親に中古の軽自動車(スバル・レックス)を買ってもらう

1983

教養から医学部へ上がれず、留年。秋の医師薬獣大会団体新人戦(二年生までが出場資格)に大将として三回目の出場をし、見事優勝

1981

千葉大学医学部入学。剣道部へ入部し、剣道三段を取得

1980

現役大学受験に失敗し、予備校へ通う

1976

県内トップ(当時)の高校へ進学

1974

中学入学。夏の間しか稼動しない水泳部へ入部。中学校の生徒会役員に立候補(させられ)、当選

1973

小学六年生の時、吉川栄治の『三国志』を読んで感動。すぐにパクることを思いつく。具体的には、クラスメートを主人公に『四国志』を執筆、大学ノート三冊の作品はクラス内大ベストセラーになる

1970

大阪万博ガイドブックを自作

1969

地区水泳大会で五十M自由型金メダル。市の大会新記録(当時)だった

1967

小学校入学。妹と四人家族、県営住宅最上階の四階に居住

1961

千葉県に生まれる。長男。三歳までひとことも口をきかなかったため、知的障害かと思われていた。ジェネラルルージュの伝説によると、実はこの頃、お釈迦様のように、この世について沈黙思考していたらしい

投稿日:  更新日:  投稿者:novelist_ch

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2022/5/21 14:33 更新